弁護士の在間です。
一昨日、最高裁が、亡くなった人の預貯金を相続人でどう分け合って相続するかについて、「預貯金は遺産分割の対象となる」との初判断を示しました。
亡くなった家族の遺した遺産を相続人で分ける作業が「遺産分割」です。誰もが生涯で1度は出くわす問題かもしれません。
遺産をどのようにわけるかについては、相続人全員で話し合い(「協議」)をして、皆が納得するようであれば、その結論が優先されます。
話し合いがまとまらない場合には、家庭裁判所で話し合いを行うことができます。これが「調停」です。
調停はあくまでも話し合いですので、やはり相続人全員が納得しなければまとまりません。
調停ではまとまらなかった場合には、「審判」で裁判所に分け方を決めてもらうことになります。
さて、亡くなられた方が預貯金をお持ちだった場合、預貯金も、他の遺産(土地や建物など)と同じように、相続人で話し合って分け方を決めるものだと考えるのが一般的な感覚だと思います。
しかし、これまでは、「預貯金は遺産分割の対象外」、つまり、預貯金は、本来的には、亡くなった瞬間に相続人それぞれに法定相続分に応じて分割されるもので、土地や建物のように相続人が分け方を決めるものではない、とされていました。
もっとも、相続人全員で、「預貯金も他の遺産と同じように、話し合って(もしくは、審判で)分け方を決める対象に含めましょう」という合意が出来ている場合には、預貯金も遺産分割の対象に含めることができました。
この合意は、少しややこしいですが、「具体的な分け方についてはこれから話し合う(もしくは、審判で決めてもらう)としても、とりあえず、分け方を決める話し合い(審判)のテーブルに預貯金も乗せましょう」ということを相続人間で決めるということです。
協議や調停の段階では、分け方について相続人全員が納得しなければ何も決まりませんので、預貯金だけが別扱いになる(「土地建物の分け方だけは話し合いで決めて、預貯金のことは話し合いでは決めない」)ケースはあまりないのですが、問題になってくるのは審判の段階です。
審判は、裁判所が分け方を決める手続きです。この手続きの中で、「預貯金も審判で決めてもらう対象に含めましょう」という合意が相続人全員でできている場合には、預貯金も審判で裁判所に分け方を決めてもらうことになります。
しかし、そのような合意が相続人全員でできない場合には、裁判所としては、「預貯金については審判では判断できません。土地や建物は審判で分け方を決めますが、預貯金については別にやってください」という対応をすることになります。
つまり、「裁判所が決めるとなったら俺に不利になるはずだから、俺は預貯金を審判のテーブルに乗せるのは嫌だ」という相続人が一人でもいる場合には、遺産分割の手続きでは預貯金の分け方は決まらないことになります。
反面、理屈上は、相続人各自は、金融機関に対して、自分の法定相続分に応じた金額を払戻すよう請求をすることができるということになります(あくまでも理屈上で、多くの金融機関の運用としては、簡単には払戻しに応じてくれません)。
今回の最高裁の決定は、「預貯金は遺産分割の対象となる」と判断して、相続人全員の合意がなくても、審判で預貯金の分け方を決めることができるとしたものです。
相続人の一人が「預貯金を審判のテーブルに乗せるのは嫌だ」と言っても、遺産分割の手続きで預貯金の分け方を決めることができることになります。
これは、実務上は劇的と言っていいほど、大きな変更となります。
この変更で、相続人間で話し合いが進まない場合に、預貯金だけを先に法定相続分に応じて払い戻しをするということは、(理屈上も)できなくなると思われます。
そうすると、相続税の申告・納税期限(亡くなったことを知ったときから10か月)までに、遺産の預貯金を現金化できないというケースが増えることが予想されます。
被相続人の立場からすると、将来、自分の子どもたちの争いを避け、負担を軽減するために、生前に遺言書を準備していくという必要性が、これまで以上に高まるのかもしれません(遺言書を準備しておけば、基本的にはその内容とおりに預貯金の払い戻しが可能になります)。
ところで、今回の変更で、遺産分割の手続きの中で一気に預貯金の分け方まで解決できるようになるわけですが、陸前高田のようないわゆる司法過疎地においては、手続きの進め方にも大きな影響が出てきます。
陸前高田市の裁判所の管轄は、家事事件(調停、審判)については盛岡家庭裁判所大船渡出張所で、民事事件(訴訟)については盛岡地方裁判所一関支部になります。
陸前高田から大船渡は約20キロで30分ほどで移動できますが、一関までは約60キロで1時間半の移動時間がかかります。また、冬場は凍結した峠をいくつか越えるので命がけです。
これまでの運用だと、当事者間の合意がなければ預貯金は審判の対象にはなりませんでしたので、調停が成立しなかった場合には、預貯金についてのみ民事訴訟で争わなければならないということもありました。
これは、当事者(や代理人)からすると、結構な負担で、その負担を避けるために、ある程度妥協して調停を成立させるというケースもありました。
今回の変更で、別途預貯金についての民事訴訟をやらなくてはならないということはなくなりますので、当事者(や代理人)にとっては、負担が減ることになります。
一方で、家庭裁判所の負担はこれまで以上に増すことになりますね。
(弁護士 在間文康)