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ブログAlways blue skies behind the clouds

<< 日弁連「災害弔慰金支給申請に対する結果通知の運用に関する意見書」について | main | 岩手日報に掲載していただきました(4月4日朝刊) >>

仮設巡回・公営住宅巡回活動の打ち上げで思ったこと

陸前高田の瀧上です

 

昨日3月25日は、陸前高田市の仮設巡回・公営住宅巡回活動の打ち上げでした。既に5年行われているのですね。今年4月からは、6年目のシーズンになります。前任の在間先生も、長いこと頑張っておられたのだなと思うところです。

ところで、この活動は、盛岡など高田市外の地域から応援をお呼びしておりますが、よく考えてみると、応援に来られている先生方で、一番経験年数が上なのは14年目の先生なのですね。次が当職と同じ12年目の先生。その下は9年目の先生になります。ベテランの先生方がほとんどおられないのは寂しいところですが、考えてみれば、若い先生方が多いことは、希望が持てます。

 

岩手県沿岸は、おおむね30〜40年に1回、大きな津波に襲われます。しかし、次の津波の際には、今沿岸にいる先生方は、ほとんどが引退間際か、引退しているか、亡くなっているか、この地を去っています。その時は、県内にいる今の若い先生方が中心となり、災害対応にあたることになるはずです。

 

阪神淡路大震災から東日本大震災まで、16年の期間がありました。この16年間というのが、ある意味では、長すぎなくて助かった面があったと思うのです。 現在の日弁連災害委員会の委員長の先生は、阪神淡路の時は修習生をしておられ、その年の春に弁護士登録されたそうです。そして今、働き盛りで東日本大震災や他の災害の対応にあたっておられます。この先生の経験が、今の日弁連の災害対応を牽引しています。
これが、仮に40年間空いていたらどうだったか。今の弁護士会の活動も、かなり違うものになっていたはずです。

 

また、例えば、2050年に東南海地震や首都圏に大地震が起きれば、今災害対応で活動しておられる先生方は、ほぼ引退間際か、引退しているか、亡くなっています。その時、東日本大震災の災害対応の経験は、生かされるのか。既に東日本から6年が過ぎ、発災時やその後に弁護士や弁護士会が何をしたか、良く知らない若い先生方が1万人近くおられるのです。
どうやって次世代に経験を継承してゆくかも、そろそろ考えたほうが良いように思いました。

 

なお、写真は本文とはあまり関係ありませんが、週末に泊まった気仙沼のホテル観洋の部屋から見た、気仙沼港の様子です。ここも、震災直後からはかなり様子が変わりましたね。

 

(陸前高田 瀧上明)