マスコミ各社で報道されている通り、今日4月21日、いわゆる釜石市鵜住居防災センター事件について盛岡地裁で原告敗訴の判決が出された。まだ判決全文を読んでいないため詳細な評価は出来ないが、原告にとっては厳しい判断内容だったようだ。
この事件は、東日本大震災前に本来は津波避難場所ではない釜石市鵜住居防災センターで避難訓練を行っていたことなどが原因で、多くの地域住民がセンターを津波避難場所と誤解し、大震災発災時に避難したため、200名を超えるとも推計される方が亡くなったというものである。釜石市全体の死者行方不明者の合計が1100人余であることから考えても、被害の大きさは明らかである。
私は、震災前後の7年間にわたり、釜石市内で弁護士として活動した。この鵜住居の件に関しては、釜石市の設置した調査委員会において副委員長を務め、調査に携わった。
その中で多くの問題点に思い至ったのであるが、ここでは、津波訴訟の役割と調査委員会の役割、そしてそれぞれの限界について述べたいと思う。
○ 津波訴訟の役割
津波訴訟を提訴する遺族の思いとして、真実の究明と再発防止があることは間違いない。私も、提訴はされなかった津波被害の遺族のお話を聞く機会は何度もあったが、こうした思いはどの遺族にも共通していたと記憶している。金銭賠償の目的を勘繰る向きもあるかもしれないが、津波被害の遺族の思いは、金銭賠償で晴れるような単純なものではない。
しかし、津波訴訟は、真実究明や再発防止を実現するために十分な制度であろうかというと、甚だ疑問がある。
まず、真実究明という観点から考える。
訴訟というものは、その性質上、争点に関する事実の解明しか行わない。事件の争点は何かを整理して特定し、争点を巡って各当事者が主張立証を行うことが、ごく当たり前の訴訟の在り方である。例えば、本件で言えば、市が避難場所の周知を怠ったか等と言ったことである。しかし、このことは、言い方を変えれば、争点に関係の無い事実に関しては、いかに遺族が知ることを望んでも解明されないということである。
次に、再発防止という観点から考える。
この点に関しては、訴訟という場は全く不向きである。裁判官が、津波被害の再発防止の方策を考えることは無い。また、再発防止の方策を考えるためには事件全体の多角的な検討が必要となるが、上で述べた通り、訴訟においては必ずしも多角的な事実の解明が行われるわけではないのである。
○ 調査委員会の役割
他方、事実を多角的に検討できるという点では、調査委員会の役割がクローズアップされる。実際に、東日本大震災後、各地で多数の調査委員会が立ち上げられた。今回の鵜住居の件に関しても、市の設置した調査委員会が事実の多角的検討を行い、再発防止のための提言を行った。
しかし、この種の調査委員会にも、問題点はある。
特に、真実究明という観点から見ると、この種の調査委員会は強制的な調査権限を持たないため、自ずから限界が生じる。今回の鵜住居の件では、市が調査委員会に協力的であったためにかなりの程度事実の解明が進んだと考えているが、例えば大川小学校事件の調査委員会のように、極めて不十分な判断材料の中で調査を強いられる場合もあるのである。
それに加え、委員の選定に中立公正は保たれているか、委員の資質は十分であるか、調査の手順は適切であるか等の点に制度的な担保が無いので、必ずしも適切な調査がなされるとは限らないといった弱点もある。この点は、職業裁判官により厳格な手続のもとで進行する訴訟と比較すれば、一目瞭然である。
以上のように、調査委員会も、必ずしも十分な役割を果たせるとは限らない。
○ 望ましい制度とは
以上のように考えれば、現状、真実究明や再発防止といった目的を実現するために必要十分な制度が用意されていないのではないかという結論に思い至る。
では、どのような制度が望ましいのであろうか。
個人的には、調査委員会の組織や役割を発展させたものがよいのではないかと考えている。訴訟においては、どうしても訴訟の目的(民事事件であれば損害賠償を負わせることが出来るか)に強く拘束されるので、自由な検討を行うことが難しいためである。
この発展型調査委員会においては、調査対象の一定程度の証拠提出義務、聴取対象者の刑事責任に触れない程度での証言に応ずる義務、また、委員の選定や調査の手順等について、事前にルールの大枠が定められておくことが望ましいであろう。そのような制度設計も、法的なハードルは高いと思われるが、不可能では無いと考える。
現在の訴訟や調査委員会といった制度メニューでは、どうしても不十分な場面が出てくる。この震災を機に、こうした議論が高まればと思う。
○ 教訓を後世に伝えるために
若干余談となるが、今回私がこの記事を投稿した動機は、多くの問題が置き去りにされ、また、重要な事実が正しく伝えられないまま、この事件自体が忘れられようとしているようと感じためである。そこで、地裁判決を機に、少しでもこの事件の教訓を伝えようと考えた。
例えば、今回の件において、多くの被災者が地震発生後しばらくの間は単に様子をうかがっていただけで、避難のための貴重な猶予時間を失い、津波襲来間近になり防災センターに避難したことが分かっている(津波襲来の直前に、防災センター内の避難者の人数が大きく増えた)。このことは、本件の教訓を考えるにあたり重要な事実の一つであると考えられるが、必ずしも一般には認識されていない。例えば、「岩手日報デジタルアーカイブ 避難者の行動記録について」 http://www.iwate-np.co.jp/311shinsai/koudou/koudou_top.html の動画においても、そうした事実関係を読み取ることは難しい。
本件が後世に正しく伝えられ、少しでも防災の教訓となることを願わずにはいられないところである。
(陸前高田 弁護士 瀧上明)